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2016/04/20

オルセー美術館にて税関吏ルソー展                詩的な虚構のジャングルに息をのむ        

 コート・ダジュールの村の紹介を始めるつもりだったのだが、最近、ルソー、マルケ、ユベール・ロベールなどパリで開催中の企画展に行ってきた。まずは、忘れないうちに、これらの美術展について書いておこうと思う。

 7月17日までパリ・オルセー美術館にて開催中のアンリ・ルソー展。初めに断っておくが、今回書くのは、私の感想である。映画の筋を知らない方が、映画をより、楽しめるように、展覧会の中身も知らない方が楽しめる人もいるかもしれない。もし、今後、この展覧会に行く予定があるのなら、ネタばれを含んだ私の感想など、読まない方がいいのかもしれない。

ルソー1
オルセー美術館内 ルソー展入り口



 アンリ・ルソー(Henri Rousseau、1844年₋1910年)は、19世紀から20世紀初めにかけてのフランスの素朴派の画家である。20数年間、パリ市の税関の職員を務め、仕事の余暇に絵を描いていた「日曜画家」であったことから「ル・ドゥアニエ」(税関吏)の通称で知られる。「戦争(1894年)」「蛇使いの女(1907年)」(いずれもオルセー美術館所蔵)などルソーの代表作のほとんどは、ルソーが税関を退職した後の50歳代に描かれた。

 2006年と2007年には、東京・世田谷美術館、愛知県美術館、島根県立美術館で「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢展」が開催された。私はその展示を見ている。パリの各地の美術館にルソーの作品が多数あり、それらも結構見たつもりだ。ポーラ美術館やブリヂストン美術館など、日本の美術館でもその作品の何点かを見ていたから、もうルソーはある程度知っているつもりだった。

 独学の画家だったためか、生前あまり評価されなかった画家だが、パブロ・ピカソ(1881年-1973年)は若いころからルソーを高く評価していた。私の目を引き付けたのが、ピカソが個人的にコレクションしていたという画家とその2番目の妻が一人ずつ描かれた小さな2枚の肖像画。パリ・ピカソ美術館所蔵のこれらの絵を見るたびに、どうして奥さんをもっときれいに描いてあげなかったのかと思う反面、画家やその妻の性格まで描かれている気がして、愉快な気持ちになる。

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アンリ・ルソー 上図 「ランプのそばの自画像」 1899年頃 24x19cm パリ、ピカソ美術館
下図 「ランプのそばの妻ノ肖像」 同上

出典 http://blogs.yahoo.co.jp/haru21012000/51992811.html

 今回の展示の特徴は、ルソーの作品だけでなく、ピカソ、ディエゴ・リベラ(Diego Rivera、1886 – 1957.メキシコの画家)オットー・ディクス(Otto Dix, 1891年 - 1969年、ドイツの画家)、フェルナンド・レジェ、マックス・エルンストなど、ルソーの影響を受けたとみられる画家の作品や、ルソーと関わりのあった画家の作品も同時に展示していることだ。途中までは、ルソーの絵を発見する代わりに、私は何人かの知らなかった画家の名をメモした。

 例えば、展示会場には、ルソーの絵の隣に、ポール・シニャック(Paul Signac,1863年-1935年)の作品があった。シニャックはルソーより若い画家だが、ルソーは、シニャックに助言を求めた。また、シニャックはルソーがアンデパンダン展に出品する際に助けている。この展覧会されているオルセー美術館所蔵のシニャックの作品は素晴らしいものだった。隣のルソーの絵の作品の前にはない、人だかりができていた。ルソーの展覧会なのに、と思うとちょっとさびしい。

 シニャックに比べると、ルソーの作品は、ちゃんとした遠近法でもないし、アマチュアっぽく見えてしまう。だが、力強い作品で、ルソーの作品だけ見ると、味わいのある作品だ。樹木や草花は葉の1枚1枚が几帳面に描かれた絵があって、ふと、サン・リスで見たセラフィーヌ・ルイ(1864₋1942)という独学の女性画家を思い出した。素朴派といわれるルソーの作風と、どこか似ている。
 私だったら、ルソーの隣にセラフィーヌを並べるかもしれないと思った。セラフィーヌは家政婦として働いていて、貧しく、絵を鑑賞する機会もないような画家だった。マルタン・プロヴォスト監督「セラフィーヌの庭」(2008年)という映画にもなっている。
https://fr.wikipedia.org/wiki/S%C3%A9raphine_de_Senlis

 この4年間、オルセー美術館のすべての企画展に脱帽してきた。「アルトーとゴッホ」「ボナール」「サド」「奇妙な天使」素晴らしい展示ばかりだった。ここに来て初めて、すでに日本でルソーの企画展を見たことがあり、パリでもいろんな美術館を見せてもらった私は、ルソー以外の画家についての発見はたくさんあるものの、ルソーを味わうという意味においては来ても来なくてもよかったのかな、と思いながら、先へ進んだ。
 展示室は10あるのだが、最後の2つの部屋9と10に進んだ。そして、言葉を失った。そこにはジャングルが広がっていた。想像上の奇妙なジャングル。

 ルソー自身はこのジャングルを、ナポレオン3世とともにメキシコ従軍した時の思い出をもとに描いたと称していたが、実際には彼は国外へ旅行したことはなく、パリ5区の植物園などに何度も足を運び、観察を重ね、スケッチしたさまざまな植物を組み合わせて、幻想的な風景を作り上げた。様々な書籍や雑誌の挿絵を参考にしており、例えば、1900年にギャラリー・ラファイエットによって出版された「動物の生態の楽しい200の挿絵」(deux cents illustrations amusants de la vie des animaux)という書籍などが知られている。ルソーのジャングルには、さまざまな色調の緑色を多用した独特の静謐な世界がある。

 最後の円形の部屋には、8枚のジャングルを描いた絵があるが、多くの絵画がアメリカ合衆国から来ていた。圧巻だ。この部屋を見るだけでも行く価値がある。ルソーのジャングルは、作り物のジャングル。ジャングルに一度も行ったことのないルソーが作り出した夢のジャングル。その奇妙な静謐な世界を味わうひとときの至福。

 フィガロというフランスの新聞によると、ニューヨーク近代美術館所蔵の「夢」も展示され、美術館史上最高ともいわれる保険金がかけられているそうだが、それに値する展示だ。

 ルソーは26枚のジャングルの絵を描いたと言われている。1891年に描かれた一点を除いて描いた期間は、1904年から1910年の短い期間に集中しているそうだ。(Cornelia Stabenow,Henri Rousseau1844-1910,Taschen,1991,P78)

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出典http://www.korega-art.com/rousseau/
「夢」(Le rêve) 1910年,204.5×298.5cm, ニューヨーク近代美術館

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飢えたライオン(Le lion, ayant faim,se jette sur l'antilope) 1905年,200×300cm,バーゼル美術館(スイス)


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アメリカひょうに襲われる馬,1910年,89×116cm,モスクワ・プーシキン美術館
出典 Cornelia Stabenow,Henri Rousseau1844-1910,Taschen,1991,p83

 今では、瞑想的であり、思想的でもあると高い評価を受けているルソーの作品。一方で、動物が描かれていることもあって、ルソーの絵は楽しく、子どもでも、興味を引く絵だ。両親とともにルソーの「夢」の絵のジャングルの中に隠れている動物を探している子がいた。「夢」のジャングルをスケッチしている子どももいた。

 ルソーが描いた絵の中の子どもたちはどこか冷たく不気味である。彼自身は幼い子供を亡くしたのだという。この不気味さがシュールで、独創的な絵画世界を創りあげている。シュルレアリスムを先取りしたとも言われる所以だと思う。
(展示会は撮影禁止)

そのほかの参考文献
「フィガロ」2016年3月4日付32ページ
Henri Rousseau roi de la jungle,Connaissance des arts,vol 747, Avril2016, p58₋59
ルソーの作品について詳しく解説していると思うブログです↓
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/exhibition/sp_detail.php?id=sp00133
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